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油原のぶよし活動レポート2015年7月29日
report20150729
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*龍ヶ崎市民の合意を得ないまま龍ケ崎市と東日本旅客鉄道株式会社の間で進められているJR佐貫駅名改称の協議を中止する事を求める請願が2021名の請願者から提出されるも賛成少数で不採択となる!

(賛成議員、伊藤悦子・金剛寺博・糸賀淳・後藤敦志・杉野五郎・大野誠一郎・油原信義)

 駅名の改称については、市長の所信表明(平成26年1月)で方針が示されたのち、平成26年12月と平成27年5月に市の政策情報誌において駅名改称を出発点としたまちづくり構想が市民に提案され、平成27年5月24日と同年6月6日に市民との意見交換会を開催する旨の案内がされています。
 ところが、新聞報道等により平成27年5月19日に既にJRと覚書が交わされ、正式契約直前まで進んでいることが明らかになり、多くの市民が驚いているところです。これでは、住民との合意形成を無視した強引な手法と言わざるを得ず、市民との意見交換会は何のためになされるのか不明です。駅名改称を既定路線としたアリバイ作りと言わざるを得ません。
 佐貫駅は鉄道開通以来の名称であって、地域住民には大変愛着のある名称で、それが変更されるのは許せない!という意見も多く寄せられています。改称問題は過去の経緯からも、市民特に馴柴地区の住民に丁寧な説明をして合意形成をしつつ進めるべき問題であったはずです。それをせずに突然既成事実を作ってしまうような手法は到底認めることができません。
 又、駅名改称がまちづくりのスタートとの事ですが、当市は「市街地が駅から離れている」という他の都市とは違う条件である事、そもそも佐貫駅周辺の整備が不十分である事などから、アナウンス効果は一時的で、駅名改称が人口増等に結びつくとは到底考えられません。あくまでも佐貫駅周辺の整備が先にあるべきです。効果があるのかどうかわからない駅名改称だけのために多額の血税をかけるとは信じがたいことです。まちづくりは駅名を改称しなくても可能であるはずで、限られた財源は効果的に使うべき、このような内容で請願が提出されました。
 
 行政運営の原点は市民ニーズにあります「市民は何を求めているのか」を把握し実現していくことが仕事です。駅名改称は選挙公約であり市政方針で示した、政策情報誌で市民に周知したでは情報を市民と共有しただけで民意ではありません。市民との意見交換会等の中で説明責任を果たし、意向調査など民意を把握した中で是非を判断すべきと考えます。
*常磐線佐貫駅駅名改称に係る平成27年度龍ケ崎市一般会計補正予算に
対する修正案提出も賛成少数で否決される!


(賛成議員、伊藤悦子・金剛寺博・糸賀淳・後藤敦志・杉野五郎・大野誠一郎・油原信義)

修正案の内容は、補正予算の中から、常磐線佐貫駅駅名改称事業に係る費用3憶2千9百万円を削除するものです。その理由の1つ目は、JRに支払う直接的な経費のみの計上で付帯経費については質疑の中で「一億円という金額までにはならない」という答弁がありましたが、精査した試算が行われていない状況にもあります。付帯経費を含めた総額を計上すべきです。

2つ目は、駅名改称による効果の説明が不十分であるということです。市長はこの間、議会や市民との意見交換会で行われてきた議論の中で、計り知れない大きな効果があると確信していると繰り返し述べております。しかし肝心なその確信に至った内容、具体的にどのような効果があると考えているのかを示していない。経済効果についても、150万円をかけて行った調査で1億6千5百万円の経済効果という結果が出ているにも関わらず、意見交換会で市民から経済効果について質問があった際には、この数字には触れずに、数字で効果を表すのは難しい、大きな金額をかけて調査をしなければしっかりとした調査結果は出ないと発言しています。150万円をかけた影響度調査は何だったのか。

3つ目がもっともも大きな理由ですが、市民との合意形成が不十分だということです。市長は2期目の当選後様々な場面で市民の皆様に駅名改称についてお知らせしてきたとの事。しかしながら結果として、多くの市民が5月の新聞報道や政策情報誌の記事で、駅名改称がここまで進んでいることを初めて知り、なぜここまで話が進む前に、市民に対して意向調査や意見交換会を開催しなかったのかという声を多く聞きます。駅名改称に係る予算については、市民との合意形成を図る中で、予算計上をすべきで、現段階では佐貫駅駅名改称事業は進めるべきでない。

市議会議員の仕事は「市民の意見を集約して市政に反映させる事」が大きな役割の一つです。常に民意を意識し、議員個々の考えで仕事をしてはならない。この駅名改称事業は市民との合意形成が図られていないのは明らか。市民を無視した強引な進め方を議会が一緒になって進めてはならない。